稲森 英彦 Hidehiko INAMORI
プラナ松戸治療室代表
【略歴】
東京都生まれ。慶應義塾大学文学部卒。
1998年に鍼灸師資格を取得。心療内科クリニックに勤務し、東洋診療部門を立ち上げる。
2005年に自律神経系・心療内科系鍼灸院のプラナ松戸治療室を開設。
現在(2025年)臨床歴27年。
ストレスによる息苦しさ、めまい、喉のつまり感、動悸、吐き気、不眠、頭痛、首肩腰痛、慢性疲労、不妊、目の不調などに。全身のバランスを整えて自律神経の乱れを癒します。
詳細はコチラ頭皮の特定の機能局在領域(脳の各機能に対応する部位)やツボに細い鍼を優しく刺激することで、脳機能の活性化、神経伝達の改善、自律神経のバランス調整、精神的な安定を目指す施術です。
詳細はコチラ息苦しさ、不眠、動悸、うつ症状、痛み、めまいなど、幅広い症状に鍼灸で改善をもたらした症例集です。自律神経の調整から、体調不良まで、心身の調和を取り戻す症例をご紹介します。
詳細はコチラご予約、ご相談、ご質問などはこちらのフォームをご利用下さい。
女性の胸にシコリができることがあります。シコリは「乳腺症」「乳腺のう胞」「乳腺線維腺腫」「乳腺炎」「乳腺葉状腫瘍」そして「乳がん」などで生じます。これらの原因には、細菌感染、ホルモンバランスの乱れ、乳管の詰まり、腫瘍性のものなど多様です。
東洋医学では胸のシコリは精神的ストレスとの関連が強いと診ます。そのとき大きく関わるのが「肝の蔵」です。東洋医学でいう「肝の蔵」は、全身の「気」の流れを伸びやかにしたり、「血」を貯蔵する機能があるとされます。
そのため「肝の蔵」がうまく働かないと、血の流れが悪くなり、「瘀血(おけつ)」が生じて生理不順や月経痛が現れたり、体がむくんだりします。また「肝の蔵」は精神的ストレスに弱く、すぐに全身の「気」の流れが悪くなり、イライラや抑うつが出ます。
ところで「肝の蔵」の「気」が最も流れている通り道が「肝経」です。「肝経」は足の親指から頭頂まで達する「気」の流れです(図1)。
図1.「足厥陰肝経」
(東洋医学のしくみ、新星出版社、2009年、p125より転載)
精神的ストレスを受けて「肝の蔵」が弱ると、この「肝経」の流れが悪くなります。すると「肝経」の流れている部位の組織に病変が出現しやすくなります。女性の乳房の奥にこの「肝経」が通っており、精神的ストレスで「肝経」の気の流れが悪くなると、シコリができやすくなるのです。
はじめに胸のシコリの原因は、細菌感染やホルモンバランスの乱れ、腫瘍などと言いました。しかし東洋医学ではそれらの背景には「肝経」の気の乱れがあり、そのせいで細菌感染や腫瘍などが生じたと診るのです。
例えば乳がんは遺伝的な影響が強い癌の一つですが、遺伝的な影響は5%ほどと言われています。私が診てきた乳がんの方の多くは、発症前に強烈で持続的な精神的ストレスに晒されていました。それが「肝経」を乱し、腫瘍の形成に繋がったと考えています。
ところで「肝経」は子宮や胃、頭頂などを通ります。精神的ストレスを受けて生理不順や不正出血、胃痛、頭頂部の痛みや脱毛が生じるのは、この「肝経」の乱れのせいなのです。また子宮がんが生じるのも同じ理由からと考えられます。
ですから女性はなるべく精神的ストレスを溜めない方が良いのです。精神的ストレスの発散法はひとそれぞれですが、何か自分なりの方法を持つといいでしょう。
何も考えないでブラブラと散歩したり、好きなアロマオイルを入れて半身浴するなどはどなたにもお勧めできます。もちろん鍼灸治療も最適です。女性にとって「肝の蔵」とその「気」が流れる「肝経」は非常に重要です。日ごろから「肝」を乱さないように工夫されると良いでしょう。
日本では、睡眠は午後11時前後から午前6時前後にかけて取られるのが一般的です。このような睡眠パターンを「単相睡眠」といいます。
この単相睡眠は生物学的なものではなく、照明器具が発明された結果できた人工的な睡眠パターンです。本来動物は「多相睡眠」が自然であり、ヒトも人口照明がない環境では、2相睡眠になり夜中に一度目が覚め、その後再び眠りにつきます。
人口照明がなかった頃の日本でも、夜中に一度目を覚まして近所の人とおしゃべりをし、その後再び睡眠を取っていたそうです。
スペインの「シエスタ」は午後1時から4時の昼休みに午睡を取ります。これはヒトの持つサーカディアン・リズム(概日リズム)からしても理にかなった睡眠です。
サーカディアン・リズムとは生物の持つ生理機能の概日周期のことです。生物の生理機能も1日の中で高低しているのです。このリズムが狂うと私たちは体の不調を感じます。その典型が「時差ぼけ」です。
サーカディアン・リズムは、午前中は高く、正午頃にピークがきます。その後、午後2~3時頃にかけて低下していきます。午後4時頃から再び高まっていきますが、就寝時間に向けて再度低下します。就寝中の2~3時が最低になります。
スペインのシエスタでは、サーカディアン・リズムが低下する午後の時間に睡眠を取ります。この時間は交通事故などが多くなるともいわれ、仕事上のミスも多くなる時間帯です。ですからこの時間帯に睡眠を取ることは理にかなっているのです。
このように私たちの睡眠パターンは単相睡眠ではなく、多相睡眠の方が生物学的に適しているのです。
不眠症で悩まれている方たちは、夜に眠れないことで苦しんでいます。しかし本来の私たちの体が、多相睡眠が適しているのであれば、夜中に多くの睡眠時間を取ることに拘る必要はありません。眠れる時にこまめに睡眠を取ればいいのです。
不眠症の問題は夜中に眠れないことよりも、むしろそのことで思い悩んでストレスになっている精神面です。
ところで東洋医学では睡眠は「血(けつ)」の循環と関わります。
「血」は昼間に体中を巡り身体を栄養し温め、夜は「肝の蔵(かんのぞう)」に戻って「血」を養います。身体の「血」が「肝の蔵」に戻ると、体は鎮まり眠りにつきます。もしも「肝の蔵」に問題があると、「血」が「肝の蔵」に戻れず、その結果眠れなくなるのです。また夜に「肝の蔵」で「血」が養われないために、体は冷えていきます。
不眠症の方の体を診ると「肝の蔵」の状態を表す背中のツボが腫れあがり、全身が冷え切っています。そして「肝の蔵」を調整し、「血」が「肝の蔵」に戻れるようになると、体が温まり眠れるようになります。
「肝の蔵」は血、筋肉、目、怒りなどと関連が強い「蔵」です。ストレスを溜め込んだり、目を酷使したり、運動をし過ぎて汗をかき過ぎると「肝の蔵」に問題が出てきます。
私のこれまでの臨床経験では、不眠症の原因として仕事や家庭上での精神的ストレスが最も多く、また眠れないことがさらにストレスとなって悪循環を呈しているケースがほとんどです。
これまでみてきたように睡眠は私たちが信じてきたような単相睡眠ではなく、多相睡眠の方が理にかなっています。眠れないことでストレスを抱えないで、眠れるときにこまめに睡眠を取るという意識改革が必要です。
ご自身で「肝の蔵」を整え「血」の循環を良くするには、「半身浴」や「食事の節制」、「適度な運動」などで体を温めることを実践すると良いでしょう。
こまめに睡眠を取り、体を温めることで次第に「肝の蔵」の状態も良くなっていきます。そしていつの間にか不眠症のことも忘れていることでしょう。
私たちが抱く多くの精神的な苦しみは、私たち自身が持つ価値観や信念から生じます。
私たちの日常にはさまざまな出来事が起こります。そしてそれらの出来事に私たちは一喜一憂しています。しかしそれらの出来事自体に実は意味はありません。起こる出来事自体は無色透明なのです。
私たち自身がそれらの出来事に意味付けして一喜一憂しているのです。他人が同じ立場に立ったら、まったく異なる意味付けをする可能性があります。
出来事に意味付けするには価値観や信念が必要です。例えば仕事で失敗したとき、「私はダメな人間だ」とか「私は終わりだ」などと思ったとします。そこには「仕事がうまくいかない人はダメな人間である」「失敗したら全てが終わりだ」といった価値観や信念があります。そのような価値観や信念で無色透明な事象に苦しみの色付けをして苦しんでいるのです。
もしも仕事で失敗したとき、「このような判断をすると仕事がうまくいかなくなる」という経験が積めたと肯定的な意味付けができたなら、精神的な苦しみはほとんど起こりません。冷静に打開策を検討することができるのです。
価値観や信念は幼少期からの躾や教育による刷り込みよって心に定着しています。ですからほとんど無意識に日常で生じる出来事に意味づけをしてしまうのです。
私たちを苦しめるこのような価値観や信念を変える方法がひとつあります。それは無意識に行っている意味づけに気づくことです。無意識が意識化されたときに、この価値観や信念を変えることができます。
苦しみが起きた時にそれがどのような信念や価値観から生じているのか丁寧に調べてみましょう。大変地道な作業ですが、これを実行すると信念や価値観を変えていくことができるようになります。
今のあなたの苦しみはどのような価値観や信念から生じていますか?静かなところに一人でゆったりしながら、心の探索をしてみましょう。これを続けることで信念の牢獄から解き放たれて、軽やかな人生にシフトしていくことでしょう。