稲森 英彦 Hidehiko INAMORI
プラナ松戸治療室代表
【略歴】
東京都生まれ。慶應義塾大学文学部卒。
1998年に鍼灸師資格を取得後、心療内科に勤務。
2005年に自律神経系・心療内科系鍼灸院のプラナ松戸治療室を開設。
現在(2024年)臨床歴26年。
自律神経、内臓、骨格を整える鍼灸治療です。
ストレス性疾患、過呼吸、動悸、吐き気、めまい、頭痛、喉のつまり感、不眠、慢性的な首・肩・腰の痛み、慢性疲労、原因不明の不妊症、目の疲れ・痛みなどに。
現代医学、東洋医学、心理学の視点から総合的な健康相談をご提供いたします。
詳細はコチラプラナ松戸治療室の症例集です。めまい、息苦しさ、動悸、頻尿、聴覚過敏、不妊症、首の痛みなど。
詳細はコチラご予約、ご相談、ご質問などはこちらのフォームをご利用下さい。
先日、尿が出ないという女性が来院されました。このような症状を「尿閉」といいます。膀胱には尿が溜まっていますが尿が出ない状態です。尿自体が産生されない「無尿」とは区別します。
1週間前から徐々に尿が出なくなったとのことで、現在は体に水分が溜まってしまい浮腫みも出現していました。病院で診察を受けましたが泌尿器系には特に問題がないとのことで、漢方薬の「五苓散」を処方され様子をみることになりました。
五苓散という漢方薬は東洋医学でいう「脾の蔵」と「腎の蔵」に主に作用するお薬で、「尿が出ない」「体が浮腫む」といった症状がある場合によく処方される漢方薬です。しかし残念ながら、五苓散を飲んでも尿閉は改善されませんでした。こうしてプラナ松戸治療室に来院されたのです。
診察してみますと「脾」や「腎」にも冷えはありましたが、私が感じたのは「肺の蔵」の極度の冷えでした。
東洋医学では「脾」で体に必要な水分を作り出し全身に運搬すると考えます。そして不必要な水分は「腎」が排泄するのです。ですから「脾」や「腎」の機能が低下すると尿が出ないという症状が出てきます。
しかし水分代謝に関わる「蔵」はそれだけではなく、呼吸器系である「肺の蔵」も関わっています。「肺」にも体中の水分をスムーズに巡らせる作用があるのです。
この女性の場合は「肺」が特に冷えており、そのために水分代謝が機能せずに尿閉になったと考えました。そこで「肺」を中心に冷えを取ることにしました。また水分の通り道である「三焦」にも多少の異状が出ていたため調整しました。
3日後に来院して頂き様子を伺うと、鍼灸治療後に劇的に良くなり尿が出ているとのこと。体を診ると浮腫みも取れ、「肺」もだいぶ温まっていました。問題がなさそうなので第2診で治療は終了になりました。
問題は何故こんなにも「肺」が冷えてしまったのかということです。本人に伺っても呼吸器を冷やした覚えはないとのこと。最近は気温も高くなり外気で呼吸器を冷やすこともないはずなので、私も頭を抱えました。
しかしフッと閃きで「ジョギングなどをしませんでしたか?」と伺ったところ、最近ジョギングを始めて2~3回走ったとのこと。そういえばその後から尿が出なくなったとのことでした。これには合点がいきました。慣れないジョギングで「肺」を酷使することで「肺」のエネルギーを使ってしまい、そのせいで冷えてしまったのです。
もう一つの問題は何故「五苓散」が効かなかったのかです。私は漢方薬は専門ではないのですが、たぶん五苓散が主に「脾」と「腎」に作用する漢方薬だからでしょう。「肺」の冷えまでカバーできなかったために、尿閉が改善されなかったのだと思います。
このように「尿が出ない」という症状の背景には多様な原因が考えられます。病を改善させるには東洋医学においても、やはり適切な診断が必要なのです。
先日プラナ松戸治療室を卒業されたパニック障害の患者さん。妊娠中から頭が重い、ふらふらする、動悸、不安感などがありました。出産後もその症状が続いていましたが、ここひと月くらいで症状が悪化。人ごみや暑い電車の中で気が遠のく感覚が出て心配になり精神科を受診し、パニック障害と診断されました。お薬を飲むほどではないとの判断で薬の処方はなし。しかし症状が良くならないことから、当治療室に来院されました。
お話を伺うと妊娠前に2回自然流産を経験していました。その後妊娠。妊娠中は悪阻がひどく、出産まで続いたとのこと。破水を起こして出産。出産自体は特に問題なかったようですが、出産後の昨年の4月頃に回転性の眩暈が出現。そして今年の1月頃から不眠症状があらわれ、動悸も激しくなったとのことでした。
東洋医学的にみると、2回自然流産を起こしていることから、元々体力がなく、体の芯が冷えていた可能性があります。その後の妊娠では悪阻がひどく、体の活力である「気」が大量に消耗され、さらに体が冷えて力がなくなってしまったと考えられます。
この冷えは、内臓などの体の芯の冷えです。体の芯が冷えると、体にある熱分のコントロールが効かなくなります。すると熱は上に向かうことから逆上せの症状が出るのです。お臍から下、つまりお腹や腰、足、腸、子宮、腎臓などが冷え、反対にお臍から上、みぞおちや喉、肩や首、頭に熱が籠り緊張してくるのです。
このような状態を「冷えのぼせ」と言いますが、そうなるとこの患者さんのようにフラフラと眩暈がしたり、胸苦しくなって動悸がしたり、眠れなくなるといった症状があらわれるのです。
このような状態でひと疲れするような電車や人ごみに行くことで、より逆上せは強まります。病院にかかれば、パニック障害と診断される状態です。
一般的には体の芯の冷えは自然に解消されることもありますが、この患者さんの場合は元々冷えが強かったのでしょう。そして妊娠・出産の影響で冷えがより強まり、逆上せ症状が出てきたと思われます。また症状が激しくなった時期に、旦那様の出張が重なっており、その不安感も冷えを助長させたと思います。
ですから治療は鍼灸で内臓の冷えをとり、また精神面を支える心理カウンセリングを行いながら逆上せを取ることに集中しました。8回ほどで全ての症状が治まり、無事当治療室を卒業されました。
このように女性にとって妊娠・出産は、気力を相当消耗する命を懸けた一大事です。ですから出産後に体が冷えて体調を崩すことは不思議なことではありません。このような状態にならないためには、妊娠前・妊娠中に体を冷やさないことが大切です。薄着、冷たい物の飲食を控え、精神的なストレスを極力溜めないようにします。体の芯から温かい状態が出産を和らげ、また産後の状態を良好に保つのです。
先日咳が止まらないという中学生の女の子が来院されました。病院では咳喘息と診断されお薬を処方されましたが効果がなく、プラナ松戸治療室へいらしたのです。待合室にいる間も随分と気管支の深いところから咳込んでいて嗚咽するほどです。とても苦しそうで見ている方もつらい状態です。
咳喘息とは、一般的にはカゼを引いた後に起こり、咳だけが長く残る状態です。気管支喘息のようなゼーゼー、ヒューヒューといった喘鳴や呼吸困難はなく、ただ空咳だけがあります。咳喘息のお薬は、気管支が細くなっているので気管支拡張剤と炎症を取るためにステロイド剤を処方されるのが一般的です。
来院された女の子を診察すると、ずいぶんと体が冷えて強い緊張感がありました。咳で苦しいせいもありますが、何か他にも理由があるようです。生活状況を訊いてみると、中学に入ったばかりであり、またとても厳しい部活でがんばっているとのこと。おそらく新たな生活環境で精神的に緊張しているところに、厳しい部活で体力を使い過ぎてエネルギーを消耗し、冷えてしまったのでしょう。そのせいで呼吸器を回復させるだけの力がなくなったと見立てました。
体を診るとやはり東洋医学でいう「肝」が肝郁を起こしており、また「腎」のエネルギーもかなり弱っていました。呼吸器、つまり「肺」に症状が出ているのは「結果」であり、根本的な「原因」は「肝」「腎」と見立てました。治療は短鍼2本を使い、肝郁と腎虚を改善させるツボにそれぞれ2ミリほど刺入して置鍼。また自律神経を整える治療を加えました。
3日後に再来院。状態を伺うとだいぶマシになったとのこと。前回と同じ治療をして2回目の治療を終えました。
一週間後に再来院。状態を訊くと咳もだいぶ治まり、もう大丈夫とのこと。体も随分と温まり、体力が回復したことを確認して治療は終了しました。合計3回の治療でした。
このように咳喘息は、精神的なストレスや体力の消耗などが背景に存在することがあります。このようなとき体は冷えていて、自律神経や免疫機能、内分泌ホルモンも乱れやすくなります。病院から処方されたお薬が効かなかったのは、このような背景があったためと考えられます。お薬は体力がないと効きにくく、また精神的なストレスに晒されているときは全く効かないこともあります。
西洋医学ではそのような点を改善させることは難しく、むしろ東洋医学の得意分野となります。西洋医学でなかなか改善されない場合は薬が効かない原因があることを疑い、東洋医学を上手に活用することが大切なのです。